株式会社 はとバス

はとバスの歩み

設立は1948年(昭和23年)

その際の趣旨は

「内外人ヲ対象トシテ、内ハ国内観光ニ新時代的ニシテ快適ナサービスヲ供スル・・・、外ハ国際観光客ニ対シテ本事業ヲ通ジテ、新生平和日本ノ真ノ姿ヲ紹介・・・」「内外人ヲ対象トシテ、内ハ国内観光ニ新時代的ニシテ快適ナサービスヲ供スル・・・、外ハ国際観光客ニ対シテ本事業ヲ通ジテ、新生平和日本ノ真ノ姿ヲ紹介・・・」

と、戦後復興期の意気込みが込められています。

1940年代

1948年
(昭和23年)8月
新日本観光株式会社(旧社名)設立
資本金2000万円
事務所所在地は台東区車坂町12番地下鉄ビル内(現在の上野7丁目)
1949年
(昭和24年)1月
団体貸切バス第一号車として成田山初詣へ運行
1949年
(昭和24年)3月
女性ガイド第1期5名採用(運行開始5日前の採用だった)
都内定期観光バス運行開始(半日Aコース)
1949年
(昭和24年)7月
東京駅降車口および新宿駅構内に案内所を設置
  • 1948年 草創期のガソリン車
  • 初代ロゴマーク(1948~)

1950年代

1950年
(昭和25年)3月
はとのマークを変更
1951年
(昭和26年)4月
夜の定期観光バス運行開始
1951年
(昭和26年)7月
事務所を千代田区丸ノ内1-1に移転(鉄道弘済会と共同新築)
1951年
(昭和26年)9月
都内一日Cコース運行開始
1952年
(昭和27年)9月
有楽町案内所を開設
1953年
(昭和28年)4月
池袋駅と渋谷駅に案内所設置
1953年
(昭和28年)6月
外国人向けコース本格運行開始(英語)
1956年
(昭和31年)3月
資本金4000万円増資により1億円となる
1956年
(昭和31年)6月
品川車庫内に新設した新社屋へ事務所移転
1958年
(昭和33年)4月
貸切用豪華バス「走るパーラー」運行開始
いすゞ製エアーサスペンション、冷暖房、回転いす付
1958年
(昭和33年)12月
東京タワー内に案内所を設立
  • 二代目ロゴマーク(1950~)
  • 1951年 東京駅のりば
  • 1956年 品川車庫本社
  • 1958年 走るパーラー車内
  • 東京タワー営業所

1960年代

1960年
(昭和35年)1月
夜のお江戸Eコースに吉原松葉屋「おいらんショー」が登場
1962年
(昭和37年)1月
第1回はとバス社員成人式実施
1962年
(昭和37年)11月
大阪営業所を大阪市東区本町大阪会館1階に設置
1963年
(昭和38年)4月
定期観光用スーパーデラックスバス(40人乗り)導入
1963年
(昭和38年)8月
1億5000万円増資により資本金3億円へ
1963年
(昭和38年)9月
新日本観光株式会社を株式会社はとバスに社名変更
新日本観光株式会社を新たに設置
1964年
(昭和39年)7月
オリンピック記念コース運行開始
1964年
(昭和39年)9月
五反田駅案内所を設置
1964年
(昭和39年)10月
オリンピック外国人客輸送バス運行開始
1965年
(昭和40年)7月
オープンバス導入
高速道路を取り入れた新東京ドライブコース運行開始
1966年
(昭和41年)4月
名古屋営業所を開設
1969年
(昭和44年)3月
事務所及び車庫を平和島本社へ移転
1969年
(昭和44年)12月
講談師を案内役にした赤穂義士コース運行開始
  • 1962年 スーパーデラックスバス「月光仮面」
  • 国立競技場の案内風景
  • 1965年 「走るパーラー」の屋根を取ったオープンバス

1970年代

1970年
(昭和45年)2月
品川車庫跡地に港南ビル本館(はとバス会館)竣工
1971年
(昭和46年)5月
東京スーパーバスUコース運行
(初のレモンイエロー塗装車、窓枠が広いスーパーバスを導入)
1972年
(昭和47年)2月
1億5000万円増資により資本金4億5000万円へ
1972年
(昭和47年)7月
銀座キャピタルホテル営業開始
1973年
(昭和48年)3月
御岳・奥多摩ファミリーコースが定期路線認可を受ける
1976年
(昭和51年)4月
浅草案内所が台東区より業務委託となる
1979年
(昭和54年)12月
銀座キャピタルホテル新館開業
  • 銀座キャピタルホテル本館

1980年代

1982年
(昭和57年)12月
西ドイツ・ドルクメーラー社製2階建てバス導入
1983年
(昭和58年)4月
東京ディズニーランド ® コース運行開始
1984年
(昭和59年)9月
大阪営業所、名古屋営業所閉鎖
1987年
(昭和62年)12月
はとバス会館新館竣工
1989年
(平成元年)9月
シンボルマークを変更
CIを導入
  • 1982年 はとバス初の2階建てバス
  • 1987年 はとバス会館
  • シンボルマーク

1990年代

1991年
(平成3年)4月
都庁内案内所開設
1995年
(平成7年)4月
定期観光バスの車内禁煙実施
1997年
(平成9年)3月
インターネットにホームページ開設
1997年
(平成9年)8月
循環バス「ぐるり東京号」専用車両5台運行開始
1998年
(平成10年)2月
長野冬季オリンピック特別輸送開始
  • 1998年 ぐるり東京号

2000年代

2001年
(平成13年)4月
完全オーダーメイドの特別車両「はとまるくん」運行開始
「2001年グッドデザイン賞」受賞
2002年
(平成14年)4月
座席を3列28席に変更した豪華仕様車「ピアニシモ」運行開始
2003年
(平成15年)4月
東京都交通局より、路線バス受託開始
早稲田自動車営業所杉並支所で2系統が運行開始
横浜営業所開所
一般貸切旅客自動車の運送事業区域を神奈川県に拡張
2003年
(平成15年)10月
「ピアニシモ」に対をなす豪華仕様車「フォルテシモ」運行開始
エスプレッソ・コーヒーメーカーを搭載した
2004年
(平成16年)4月
東京都交通局より、新規路線バス受託
江戸川自動車営業所臨海支所で12系統が運行開始
2005年
(平成17年)3月
2階建てハローキティバス運行開始
2005年
(平成17年)10月
中国語コース運行開始
2006年
(平成18年)4月
東京都交通局より、新規路線バス受託
南千住自動車営業所青戸支所で4系統が運行開始
2006年
(平成18年)5月
初代イメージガール(木谷真美)決定
2007年
(平成19年)10月
GPS(位置情報システム)を活用した4ヶ国語(日本語・英語・中国語・韓国語)自動ガイドナビシステムを導入
2008年
(平成20年)4月
東京都交通局より、新規路線バス受託
品川自動車営業所港南支所で7系統が運行開始
2008年
(平成20年)6月
ハイブリッド車両4台導入
2009年
(平成21年)4月
第2代イメージガール(村上ひさ子)決定
2009年
(平成21年)4月
化粧室付3列シート「ピアニシモⅡ」運行開始
2009年
(平成21年)4月
東京都交通局より、新規路線バス受託
渋谷自動車営業所新宿支所で4系統が運行開始
2009年
(平成21年)11月
2階建てオープンバス「'O Sola mio(オー・ソラ・ミオ)」運行開始
  • 2001年 はとまるくん
  • 2002年 ピアニシモ
  • 2005年 ハローキティバス
  • 2008年 ハイブリッドバス
  • 2009年 オー・ソラ・ミオ

2010年代

2011年
(平成23年)4月
第3代イメージガール(平田 菜津美)決定
2011年
(平成23年)8月
日本バス協会による「貸切バス事業社安全性評価認定制度」に東京で最初に認定される
2012年
(平成24年)5月
東京スカイツリー展望入場付コース運行開始
2013年
(平成25年)4月
第4代イメージガール(高田 桃衣)決定
2014年
(平成26年)4月
化粧室付3列24席の豪華仕様車「ピアニシモⅢ」運行開始
化粧室付4列シート「レガート」運行開始
2016年
(平成28年)4月
第5代イメージガール(星野 礼奈)決定
新型2階建てバス「アストロメガ」運行開始
2016年
(平成28年)5月
一部車両にFree-WiFiを搭載
2017年
(平成29年)4月
第6代イメージガール(浅古 あいり)決定
2018年
(平成30年)4月
第7代イメージガール(稲葉 千晴)決定
2019年
(平成31年)1月
銀座キャピタルホテル萌木 開業
銀座キャピタルホテル「新館」を「茜」に名称変更
2019年
(平成31年)2月
Shinagawa HEART竣工
  • ピアニシモⅢ
  • レガート
  • アストロメガ

2020年代

2021年
(令和3年)4月
オープントップバス
「エクリプスジェミニ3」運行開始
  • エクリプスジェミニ3
2022年
(令和4年)6月
羽田空港の制限区域内を走行する
「羽田ベストビュードライブ」運行開始
  • 羽田ベストビュードライブ

「はとバス」社名の由来

昭和24年、バス車体のシンボルマークに、図案化した「鳩」が描かれました。
「鳩」は平和、安全、快速のシンボルとされています。また、伝書鳩は、飛び立ってから無事目的地へ着き、そして出発したところへ必ず安全に戻ってくるということから、「鳩」が選ばれました。
翌年には、より鳩らしい新マークに改定され、新日本観光株式会社という社名でありながら、「はとバス」という愛称で親しまれるようになりました。
昭和38年(創立から15年目)9月1日からは、社名そのものを「株式会社はとバス」に改めています。

はとバスはなぜ黄色なの?

昭和54年3月以降に購入の車は、車両イメージの統一のためレモンイエローになりました。
レモンイエローの車体は、バスが大きく見えること、遠くから見ても曇や日陰でも、バスをすぐに見つけられること、東京のビル群の中を走っていても色が映えるため目立つこと、などの理由から採用されました。

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